柳谷寺に残る空海伝説
お寺を巡っているとさまざまな空海伝説に出会います。史実に沿ったものもあれば「空海そこまでやる…?」「空海そんなところまで行ったっけ…?」となるような超人伝説もあります。
個人的には超人伝説の方が面白くて興味深いですが、そんないわゆる「空海伝説」を書きたいと思います。
今回は京都府長岡京市にある柳谷寺です。

普段は静かですが、あじさいや紅葉の季節には大賑わいになるお寺です。最近では「花手水」でも有名になりました。
あじさいウイーク中の柳谷寺の記事です

柳谷寺は平安時代初期に創建された歴史あるお寺です。開創したのは延鎮僧都です。その後811年に空海が当寺を訪れた際に発見したのが「独鈷水(おこうずい)」と言われています。
こちらの説明にあるように、他の場所でよくみられる「空海が湧出させた」ものではなく、すでに存在していた水に効能があると考え独鈷でかき回しながら祈ったとされています。そのため「独鈷水」という名前がついています。
母猿が子猿の目を洗っていたという伝承により、特に眼病に効く水として有名です。
空海の足跡
柳谷寺を訪れる前の空海の足跡を簡単に記すと以下のようになります。
- 804年 留学僧として遣唐使船に乗船、長安に到着
- 805年 恵果から密教のすべてを伝授される
- 806年 予定を大幅に早めて帰国、大宰府に滞在
- 809年 入京が許可される
- 809年 高雄山寺(現在の神護寺)に入山
- 811年 乙訓寺別当に任命される
空海は811年同じく長岡京市にある乙訓寺の別当(長官のこと)に任命されます。11月9日のこととされており、翌812年10月27日に最澄が訪ねてきたことがわかっています。
同年11月には再び高雄山寺へ赴き最澄に灌頂を授けています。その後空海と乙訓寺に関する史料はない(見つかっていない)ので別当職を辞任したかどうかは不明ですが、少なくとも乙訓寺からは離れていたと考えられます。よって乙訓寺にいたのは約1年ほどということになります。
柳谷寺の案内板には811年に空海が参詣したとあるので、乙訓寺別当に就任後のことであればちょうど冬の時期に当たります(11月~12月)。柳谷寺は結構な山奥なので雪も降っていただろうし相当に寒かったのではないかと思います。
まあ空海は後のことにはなりますが高野山を行き来しているわけだし、ここに至るまででさんざん山岳修行をしているわけですから、寒さや乙訓寺⇔柳谷寺の往復なんて大したことではなかったのでしょうね。

空海推しとしてはその体力と精神力を見習いたいです
現在も水をもらうことができます


独鈷水はお寺の御朱印などの受付を通り過ぎた先の奥にあります。柳谷寺自体が混雑している時でも奥に位置しているからか人は少なめです。


ここにある歌は誰が詠んだのかわからないのですが、「汲んでも尽きない薬のような水」という意味が示されており、独鈷水の効能が表現されています。


自分で蓋を開けてひしゃくを使って汲むことができます。水筒などを持っていくと持ち帰ることができて便利です。
推しスポット:空海の足形
独鈷水の側には空海像と空海の足形があります。






空海の足形の上に自分の足を重ねてみましたが、23cmの私よりも一回りほど大きな足形でした。推しの足形の上に乗るなんて…尊い機会をありがとうございます(笑)。
なおかつ案内板にもあるように「足腰が丈夫になる」というご利益があるのです。旅をするためにも足腰は大事なのでありがたくお祈りさせてもらいました。
空海が祈祷したお水をもらい、足形の上で足腰へのご利益を祈る…。空海伝説を堪能できるとても素晴らしい場所です。空海ファンの方に強くお勧めします。
以上で終わります。
『スッと頭に入る空海の教え』 吉田正裕/監修 昭文社 2024.6

