毎年4月17・18日のみ拝観可能
大阪府河内長野市にある【観心寺】。空海ゆかりのお寺としても知られるこちらの本尊【如意輪観音】の御開帳日に美しい姿を拝むべく行ってきました。
- 毎年4月17日・18日のみ拝観可能
- 特別拝観料:1,000円(普段は入山料300円)
2026年は17日が金曜日、18日は土曜日でした。
臨時駐車場
特別拝観期間中は通常の駐車場のほかに臨時駐車場が設けられています。お寺の公式ページにも案内がありますが、写真ではちょっとわかりにくいかもしれません。
私は特に調べずにお寺めがけて車を走らせましたが、要所要所に「臨時駐車場」の案内がありかつ誘導員の方が案内してくれるので迷うことはありませんでした。
結果的にお寺の目の前の駐車場に停めることができたのですが、これは本当にたまたまだったと思います。参拝を終えて15:00くらいに帰る時でもお寺周辺の駐車場は満車でした。かなりの混雑が予想される(特に土日)ので、場合によっては公共交通機関を利用するほうがいいかもしれません。
その場合は、南海あるいは近鉄「河内長野駅」→南海バス「観心寺」というルートになります。ここまで混雑しているとは思っていなかったので今回は車で行きましたが、もし次回行くなら公共交通機関を使おうかなと思っています。
如意輪観音に会うまで二時間待ち←意外とあっという間
一度に拝観できるのは100名まで
如意輪観音がいるのは金堂ですが、拝観は30分ごとに100人ずつの入れ替え制となっていました。
私は11:00過ぎに到着したのですが、その時点で13:30~の回であることが告げられました。


まさかの二時間待ち
いや~驚きました。確かに観心寺の如意輪観音は仏像好きには有名な像ですが…こんなに混雑するなんて。残念ながら院生時代は一度も拝観に来たことがないので約20年前と比較することはできないのですが、高野山や他のお寺の混雑っぷりが昔とは異なる点から考えると20年前であればここまで混んではいなかったかもしれませんね。
待ち時間を有意義に使う
二時間もどうしよう…と思っていましたが、観心寺には見どころがたくさんあるのでまったく時間を持て余すことがありませんでした。
如意輪観音を待つ間、以下のことを行いました。
- 星塚めぐり
- 四国八十八か所お砂踏み
- 後村上天皇陵参拝
- 楠木正成首塚参拝
- 霊宝館見学
- 屋台での飲食
簡単に紹介します。
星塚めぐり
空海が本尊如意輪観音の周りに配置した北斗七星の塚があり、それを一巡すると厄除けになるというものです。山を少しのぼったり木立の中を通ったりとちょっとした巡礼をしている気持ちになります。




四国八十八か所お砂踏み
空海ゆかりのお寺ということで、観心寺にもお砂踏みがあります。


後村上天皇陵
後村上天皇は南北朝の動乱のさなか、正平14年(1359)に観心寺に入り約10か月間ここで政務をとったとされています。


後村上天皇の陵墓は観心寺境内のかなり高い位置にあります。




また母である阿野廉子(新待賢門院)のお墓も観心寺境内にあります。ちょうどNHKのアンコール大河で「太平記」が放送していて、阿野廉子や後村上天皇も登場しますね。
楠木正成とのゆかり
観心寺塔頭の中院は楠木家の菩提寺であり、楠木正成は8歳から15歳までここで学んだとされています。そうした縁もあり、この寺を篤く信仰した後醍醐天皇が正成を奉行として金堂外陣造営の勅を出し現在の金堂(国宝)が造営されました。
現在の金堂は、観心寺資材帳(国宝)に記載されている講堂の後身にあたるとされています。その後複数回にわたる修理はなされたものの大火に遭うということもなく、如意輪観音像を始めとする内陣の仏像が現在まで無事に残ることができたことは奇跡的なことであると思います。
・建掛塔(重文)
後醍醐天皇の勅を受け金堂の造営に着手した正成でしたが、自身でも三重塔建立を誓願しました。しかし時は後醍醐天皇率いる建武政権方と足利方の争い(建武の乱)のさなか、後醍醐天皇方についていた正成も出陣を余儀なくされ1336年に戦死(湊川の戦い)、塔は一重目のみの状態で未完成のままに終わってしまいました。現在の姿はかろうじて作り上げられた一重目の上に藁葺の屋根をかぶせた形になっています。


また塔内部には宝生如来・弥勒如来・釈迦如来・薬師如来が祀られていました。この四体は現在霊宝館に移動されてそちらで見ることができますが、平安時代の作品で木造です。観心寺開基直後の仏像とされていますが、釈迦・薬師如来の方がやや新しいと考えられているようです。
両者の違いですが、仏像の頭部は宝生・弥勒如来が髻を結った形、釈迦・薬師如来は螺髪の形になっています。またやや年代が下がるとされる釈迦・薬師如来の方が顔が丸く、よりふくよかな印象を受けました。
とはいえまったく異なる場所で造ったのではなく塔内に安置する仏像として同一の工房で作成されたものであると思われます。現在の塔内部にも仏像が安置されていましたが、おそらく新しく造ったものでしょう。少し見えましたがかなりキラキラに輝いていました。
・楠木正成首塚
湊川の戦いで戦死した正成の首は、観心寺塔頭の中院へ届けられました。現在では正成の首塚が境内に祀られています。


正成は湊川の戦いに至る前に、九州に追いやられた足利方との和睦を画策していたんですよね。しかしそれは朝廷側に受け入れられず、正成の意に沿わない形で戦闘が始まってしまいました。このあたりもちょうどアンコール大河で放送しますね。
霊宝館見学
所狭しと観心寺の宝物が並んでいる霊宝館。特別拝観期間中は白鳳時代作とされる二体の金銅仏(重文)を見ることができました。
観心寺には合計四体の白鳳仏(金銅仏)があります。観音菩薩立像二体、如意輪観音像一体、そして釈迦如来坐像一体です。
このうち一体の観音立像のものとされる光背に銘文が刻まれており、造像年代が斉明天皇四年(658)であることが示されています。ただこの光背は本体と離れてしまい、今は観心寺ではなく東京の根津美術館にあるそうです。
白鳳仏がなぜ観心寺に伝わっているのか…由来が気になるところです。立像であっても30センチちょっとという大きさなので誰かの念持仏がここに残った…のかもしれません。こんな古い仏像が令和の時代まで伝わっていることを思うとわくわくしますね。
色々な屋台
境内ではコーヒーや軽食、お土産品といったものを扱う屋台が来ていました。


写真にはありませんがスコーンやコーヒーなども購入してゆっくり楽しみました。
というわけで二時間でも足りないくらい見どころ満載の観心寺なので、あっという間に如意輪観音とのご対面の時間がやってきました。
いよいよご対面:麗しき如意輪観音




さていよいよ金堂へ入れる時間がやってきました。一度に100名入るのでなるべく前の方に行きたいな…と思って前の回の人たちが中に入ってから割とすぐ待機列に並びましたが(30分前)、仮に後ろの方になっても金堂の中でみんなが平等に見られるように案内をしてくれるので大丈夫です。
如意輪観音像は内陣の中央の厨子に祀られていますが、内陣の中に入ることはできません。内陣の外側から拝む形になります。
少し遠いのかな…と思いましたがそんなことはなく、思ったよりもはっきりとその姿を見ることができました。暗いお堂に浮かび上がる如意輪観音像の妖艶な姿…。鳥肌が立ちました…。
如意輪観音像や金堂の仏像については別記事で詳しく書きたいと思いますので、ひとまずここまでにしたいと思います。



本尊に至るまでで長くなり過ぎました(笑)
まとめ:御朱印とお土産
観心寺如意輪観音像御開帳について、まずは拝観に至るまでをまとめました。最後にお勧めのお土産と御朱印を紹介します。
御開帳記念の御朱印


アロマ水




観心寺の冊子


こちらは金堂内陣の様子や各仏像の写真が盛りだくさんな冊子です。それがたったの500円というから驚きです。観心寺の仏像について知りたい人に強くお勧めします。
最後にまとめると、
- 臨時駐車場はあるが満車の可能性もあるので公共交通機関利用も検討する
- 本尊拝観まで数時間待つ可能性があるが他の参拝で時間を使うことができる
- 如意輪観音の姿は鳥肌もの
- 仏像について知りたい人には冊子がお勧め(500円)
という感じです。
以上で終わります。

