第三番札所 粉河寺

粉河寺の縁起
粉河寺の始まりは宝亀元年(770)のこととされています。猟師の大伴孔子古(くじこ)が狩りの最中に山中で光を発見したことをきっかけに殺生をやめ、その場所に小さなお堂を建てました。
そこへやってきたのが観音の化身である「童男行者」でした。孔子古の願いを聞き入れた童男行者は千手観音像を刻みました。これが粉河寺の本尊千手観音像であると伝わっています。
また童男行者は河内国の長者佐太夫のところへ現れ、重病にかかっていた娘を治しました。童男行者の言葉に従い長者一行が粉河の地へ赴いたところ庵と中に安置されている千手観音像を発見し、娘を救ってくれた行者が千手観音であったことを知ったという伝承も伝わっています。
非常に伝説的なお話ではありますが、猟師や長者に関するエピソードにはもとになった伝承があるのかもしれません。殺生をやめる、病気が治るきっかけとして「奇跡」と思えるような出来事があったとしても不思議ではありません。
なお粉河寺の縁起を描いた国宝「粉河寺縁起絵巻」は現在京都国立博物館に寄託されています。
京都国立博物館のサイトで見られます
拝観案内
- 拝観料:無料(ただし本堂内陣は有料)
- 境内の駐車場:600円
駐車場は大門前の通り沿いにもあり(個人経営)、そちらは1台500円でした。お寺の駐車場に停めたい場合は大門横の道を奥に進んでください。


札所本尊
本尊千手観音像は絶対秘仏


童男行者が刻んだと伝わる本尊の千手観音像は本堂内陣の厨子に安置されていますが、絶対秘仏でこれまで一度も御開帳されたことがないそうです。御前立像も秘仏なので、一体どのような姿をしているのかまったくわかりません。
今後御開帳されることがあるのかどうか…一度も御開帳されたことがない、というのはかなり大きなことだと思います。よほどのことがない限り御開帳は望めないでしょう。
御朱印・御影札


童男行者像は年に一度の御開帳
本尊千手観音の化身である童男行者の像は、毎年12月18日の「童男会」の際に童男堂で御開帳されるそうです。


粉河寺の冊子や公式ページで写真を見ることができましたが、こちらの童男行者像は色彩がはっきりしており新しいお像に見えました。室町時代の作とされているようです。

まとめ
第三番札所粉河寺について書きました。
- 本尊千手観音像は絶対秘仏で御開帳の予定はなし
- 千手観音の化身である童男行者像(室町時代)は毎年12月18日に御開帳される
ということでした。
境内は広くたくさんのお堂があります。時間をかけてじっくり散策することをお勧めします。
以上で終わります。

