【西国三十三所観音霊場】第二番札所 紀三井寺

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第二番札所 紀三井寺

紀三井寺の縁起

第二番札所は和歌山市にある【紀三井寺】です。

「西国霊場第二番札所」と書かれた紀三井寺の石柱

紀三井寺は宝亀元年(770年)、唐僧である為光(いこう)上人によって開かれました。唐からやってきて諸国を巡っていた上人が、現在紀三井寺が位置する名草山から光が放たれていることを発見し、そこで金色の千手観音に出会ったとされています。

かつては本堂内陣の厨子に、そして今は本堂の奥に位置する新設された大光明殿の厨子に、上人が感得した千手観音像及び上人自らが彫ったとされる十一面観音像が秘仏として安置されています。

紀三井寺という名前の由来

境内の三つの井戸からは、「清浄水」「楊柳水」「吉祥水」が湧き出ています。この三つの井戸=三井に「紀州」の「紀」がついて「紀三井寺」という寺名となったそうです。

境内の手水には三つの水が引かれています

紀三井寺手水鉢
紀三井寺手水「清浄水」
清浄水
紀三井寺手水「楊柳水」
楊柳水
紀三井寺手水「吉祥水」
吉祥水

拝観案内:ケーブルカー/山上駐車場利用の場合は参拝料がかかる

紀三井寺の参拝料は徒歩参拝の場合無料です。ここでいう徒歩参拝とは、楼門から徒歩で石段をのぼり山上まで行くということを指します。

なお、紀三井寺には「山上駐車場」と「北門前駐車場」があります。駐車場利用の場合、「山上駐車場」利用は徒歩参拝ではなく(石段をのぼらないため)、「北門前駐車場」利用(ケーブルカーは利用しない)は徒歩参拝という扱いになります。

紀三井寺参拝料/駐車料金(2026.7時点)
  • 徒歩参拝:無料
  • 北門前駐車場利用:参拝料無料/駐車料金300円
  • 山上駐車場利用:参拝料400円/駐車料金700円
  • ケーブルカー利用:参拝料400円/ケーブル料金片道200円

つまり山上駐車場/ケーブルカー利用の場合は駐車料金/ケーブル利用料の他に参拝料(400円)がかかる、ということです。

私は今回深く考えずに「山上駐車場」を利用し、結果的に最も高い料金となってしまいました。今度参拝するときは楼門から徒歩で山上まで行こうと思います。

楼門から続く石段

紀三井寺楼門から続く階段


なお山上駐車場は道が蛇行して勾配もきついので運転には注意が必要です。ただ片側交互通行になっているので離合で苦労するということはありません。

紀三井寺の御朱印・御影札

西国三十三所観音霊場第二番札所紀三井寺の御朱印
御朱印
西国三十三所観音霊場第二番札所紀三井寺の御影札(カラー)
御影札

本堂の仏像

紀三井寺本堂
本堂
紀三井寺本堂の説明板
説明

本堂の内陣には厨子があり、以前はそちらに秘仏本尊十一面観音像と同じく秘仏の千手観音像が安置されていました。現在は本堂奥に建てられた大光明殿に二体の秘仏は移っています。

以下の仏像の情報は、紀三井寺開創1250年記念に出版された「図録」を基にしています。

本堂厨子前
  • 千手観世音菩薩立像(南北朝時代/14世紀/像高138.9cm)
  • 十一面観世音菩薩立像(室町時代/14~15世紀/像高141.5cm)

本堂厨子前に安置されている仏像は二体の秘仏の御前立にあたります。秘仏が移動したのちも本堂の厨子前に安置されています。

内陣には入ることができないので、御前立二体も遠目にしか見ることができません。図録の写真を見る限り、御前立二体は造像年代も異なるので顔立ちや様式にかなりの違いがありました。

須弥壇上
  • 持国天立像(平安時代/像高121.3cm)※頭部は江戸時代
  • 増長天立像(平安時代/像高116.4cm)※頭部は江戸時代

こちらの二体は須弥壇上に安置されているそうですが、外からは認識できませんでした。図録を見ると作風が共通しており、同時代に頭部が修理されていることからも同一の事業のもと造像されたものだと考えられます。

そうなると、四天王のうち残りの「広目天」と「多聞天」の存在が気になります。須弥壇上の二体とは別に大光明殿には「毘沙門天」が安置されていますが、そちらの像は様式や像高から見て一具の仏像とは思えません(圧倒的に上手い)。

長い歴史の中で須弥壇上の二体と同一時期に造像された「広目天」「多聞天」は失われてしまったのかもしれません。

厨子後方の小檀
  • 伝観世音菩薩立像(平安時代/10~11世紀/像高106.4cm)

こちらの像は「伝」とあるように、観音像の様式というよりは「天部」の様式で造像されているように見えます。ただ後補ではあるものの左手に蓮華を持っており、観音像として伝えられてきたと説明されています。全体的にどっしりとした姿をしており、少し素朴な印象を与える仏像だと思いました。

右脇檀
  • 薬師如来坐像(平安時代/12世紀/像高87.5cm)
  • 十二神将立像(室町時代/像高38.5~43.9cm)

十二神将は薬師如来の眷属ではありますが、①と②の像は時代が異なり一具として造像されたものではありません。しかしかつては薬師如来像と一具となっていた十二神将像があったのかもしれません。

薬師如来像は写真を見るだけでもかなりバランスが取れた美しい像だと思いました。いわゆる定朝様式につながるような動きの少ない造形で、近くで見てみたいなと思いました。

十二神将像は大変申し訳ないのですが薬師如来に比べるとやはり後代の仏像だな…と思ってしまいました。動きや像のバランスが物足りないというかなんというか…。ただ室町時代の作とはいえ12体そろっていることは貴重なことですね。

左脇檀
  • 虚空蔵菩薩坐像(江戸時代/像高63.2cm)
  • 阿弥陀如来坐像(平安時代・南北朝時代/像高89.0cm)
  • 弥勒菩薩坐像(鎌倉時代/13世紀/像高63.8cm)

左脇檀中央に安置されている阿弥陀如来坐像は頭部が平安時代、体部が南北朝時代の後補だそうです。虚空蔵菩薩や弥勒菩薩など、どのような経緯でこうした多種多様な仏像が紀三井寺に残されることになったのか、とても興味深いです。

仏像の宝庫:大光明殿

大光明殿拝観案内

本堂のちょうど奥の位置にある大光明殿には、二体の秘仏のほか重要文化財に指定されている仏像が安置されています。別途拝観料はかかりますが、仏像を近くで拝むことができます。

大光明殿の拝観料は500円です(2026.7時点)。

紀三井寺大光明殿拝観案内
紀三井寺大光明殿パンフレット

大光明殿の仏像

秘仏
  • 秘仏本尊・十一面観世音菩薩立像(重文/平安時代/像高156.7cm)
  • 秘龕仏・千手観世音菩薩立像(重文/平安時代/像高161.2cm)

まずは二体の秘仏です。大光明殿中央の厨子に安置されていました。こちらの二体は50年に一度の御開帳で、前回は2020年に実施されました。

つまり次回の御開帳は2070年ということになります。

ちょっと…私が拝観するのは厳しいかもしれない…(89歳)。祖母が長寿だったので長生きはできるかもしれませんが、その年齢で紀三井寺まで来ることが可能かどうかわかりません。

秘仏との出会いは本当に「縁」だなあと実感しました。

ただ大光明殿では二体の秘仏の手と鈴が紐で結ばれており、その鈴を鳴らすことで秘仏と結縁することができるのです。それだけでも嬉しい気持ちになりました。

また姿は見えなくても、目の前の厨子の中にいるんだな…と思えるくらい近い位置にいられたこともよかったです。そういう点でも大光明殿の仏像拝観はお勧めです。

さて実際に見ることもできず、図録でも秘仏であるために加工がされておりはっきりとした姿を確認することができません。ただうっすらとその姿を把握することは可能です。

①の本尊十一面観音像は解説によると造像が「10世紀前半頃」の可能性が指摘されています。確かに平安時代後期の穏やかな様式とは異なり、肉体の厚みが感じられる仏像に見えます。ただそれこそ神護寺の薬師如来像のような平安前期あたりの大迫力という雰囲気は消えているので、「10世紀前半頃」という解釈が妥当なのだと思います。

②の千手観音像は、42本の手に加えて「小手」970本がつけられた「真数千手観音像」と呼ばれる珍しい作例とのことです。うっすらとした写真ではありますが、図録からも「千手」の迫力がよくわかります。これは実際に見ることができたら感動するだろうなあ…。

書いていたら見たくなってきた

実際にお会いできる日がくるかどうかは未来のことなのでわかりませんが、「結縁」できたことを大切にしようと思います。

重要文化財
  • 梵天立像(平安時代/像高163.9cm)
  • 帝釈天立像(平安時代/像高161.2cm)
  • 十一面観世音菩薩立像(平安時代/像高183.0cm)

①と②は梵天・帝釈天となっていますが、宝冠・条帛・蓮華といった姿から両像とも観音像として造像された可能性が指摘されています。

両像は秘仏本尊の脇侍として伝わってきたそうですが、像容が異なるため一対での制作ではないと指摘されています。確かに宝冠の形も異なるし、何より衣の造形が全く違います。梵天は肩幅も狭く、どちらかというと平面的な衣の表現ですが、帝釈天は襞の表現などが細かくて軽やかです。梵天にはどこか素朴さを感じます。

③の十一面観音像は秘仏本尊の御前立とされているそうです。秘仏本尊に比べると180cm超の像高でかなり長身です。①の梵天もなで肩だなと思いましたが、こちらはさらになで肩で柔和な印象が強い観音像です。

その他の仏像
  • 毘沙門天立像(平安時代/像高96.5cm)

こちらの毘沙門天像は重文などには指定されていませんが、迫力があり全体のバランスも美しい像です。先に書いた本堂の「持国天」「増長天」と比べると造形の見事さがよくわかります。

一方迫力満点の表情ではあるものの、動きが少なめでまとまっている姿は平安後期にかけての造像と言えそうです。

図録がお勧め

仏像について詳しく知りたい方は、紀三井寺開創1250年記念グッズである図録をお勧めします。

紀三井寺開創1250年記念グッズの図録
1,500円

大光明殿では仏像を間近に見ることができますが、図録でゆっくり見るのも大変勉強になります。また本堂の仏像については実際には遠くてほとんど見えないのでなおさら図録がお勧めです。

図録は紀三井寺のオンラインストアで購入できます。

仏殿:大千手十一面観世音菩薩像

平成25年に落慶法要が営まれた巨大な十一面観音像は、紀三井寺の新たなシンボルとなっています。

紀三井寺大千手十一面観世音菩薩像公開中の案内
紀三井寺大千手十一面観世音菩薩像を安置する仏殿外観
仏殿外観

仏師松本明慶作の千手観音は、こちらの仏殿に安置されています。像高は11メートルを超えます。

紀三井寺大千手十一面観世音菩薩像を安置する仏殿内部の展望回廊への案内

仏殿に入るだけであれば無料ですが、三階(展望回廊)へあがる場合は100円かかります。

ちょうど電車が来ました

紀三井寺仏殿三階の展望回廊から見る眺め
三階からの眺め
仏殿展望回廊から見た紀三井寺大千手十一面観世音菩薩像
展望回廊から見た千手観音像

これだけ大きな千手観音像を見ることはあまりないと思います。まだまだ新しい仏像ですが、これから何代にもわたり受け継がれていくなかで本堂や大光明殿の仏像のような存在になっていくのかもしれません。

まとめ

第二番札所紀三井寺について仏像を中心にまとめました。

境内の「春子稲荷社」はちょうど今年の大河ドラマの時代に起こる「紀州征伐」と関わりが深い場所です。

紀三井寺三社権現社の説明
春子稲荷伝説の説明
紀三井寺三社権現社に描かれた春子稲荷伝説
春子稲荷伝説が描かれています

秀長が関わるので大河で描かれる可能性もありますが、とにかくこういう伝承があることを初めて知りました。

紀三井寺には他にも興味深い場所がたくさんありました。今回は仏像を中心に拝観しましたが、また改めて参拝できればいいなと思っています。

以上で終わります。

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